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MASAKOSAMA27

Author:MASAKOSAMA27
1998年にオーストラリアのタガリファームにて、2週間のパーマカルチャ-デザインコースを修了。
1999年から1年間、オーストラリアとニュージーランドのパーマカルチャー農園などに滞在し、実践に学ぶ。
日本での実践をするべく、2002年三重県志摩市へ移住し、個人の菜園レベルの自給とデモンストレーションガーデンを目指し、パーマカルチャー農園「ポレポレパーマカルチャーサイト ありんこ農苑」を始める。
吉本系パーミー(パーマカルチャーリストとも言う)を目指す、大阪生まれ。
年齢は非公開!アニマル柄は…まだ、あんまり持ってません。

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日本のパーマカルチャー農園の先駆者
シャロムコミュニティ
安曇野の自然食の宿とレストラン
舎爐夢ヒュッテ
シャロムコミュニティの素敵な宿、食べ物も建物も
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シャロムヒュッテの創始者、臼井さんのブログ。コミュニティのエネルギー源
あずみの自然農塾
シャロムの「農」のページ
安曇野パーマカルチャー
とにかく安曇野はパーマカルチャーが熱い
アースガーデン公式webサイト
京都府南丹市美山町にある「アースガーデン」。個人の住宅でのパーマカルチャーデザインとして好例。非常によく考えられ、よく管理されています。

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ドリトル先生のどこでもパーマカルチャー
沖縄に移住してパーマカルチャーを始めた「ドリトル先生」。我が家の説明が詳しい
宇宙と野菜に愛と感謝を込めて
松阪の山の中で農的暮らし。料理人でもあります。ひょっとして、仙人?
浜佐建設
我が家を造ってくれた工務店さん
天使のひるね
南伊勢町で農的暮らしの先輩格
JACKAL's PERFORMANCE
なぜかナイフ作家に知り合いがおりまして…
梵玉日記
パーマカルチャーの友、私の直後にオーストラリアのタガリファームで研修。
象設計集団
若き日にお世話になっておりました。なかなかにユニークな設計事務所
喜井さんちの果樹園 Kii's Open Field
いとこ夫婦が、脱サラ就農してやっています。サクランボ、ブドウ、プルーン、洋ナシ。低農薬で樹上完熟がこだわり。おいしいです。身びいき?(*^_^*)
いのち はぐくみ~はぐくみ農園
ご夫婦ともども、パーマカルチャ@フレンドです。伊豆でプロの農家として農業と育児に奮闘中
紙芝居劇むすび
大阪市西成区のあいりん地区のおっちゃんらがやっている。そのまったりした味わいで、公演依頼多数。イギリス公演の経験もあります。

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股関節手術 入院報告 その3

人工股関節手術直後の入院生活



 手術当日はさすがに寝たきり生活で、なんでも看護師さんにお願いできます。「一日だけはいっぱい言う事聞いてあげるよー。」といわれていましたが、手術当日は一日は絶食だし、水は飲めるけどカテーテルが入ってるのでトイレに行く必要は無しで、残念ながら看護師さんに甘える余地はほぼなし。もちろん頻繁に様子を見に来て、やさしく声をかけてくださいますが、頼むことがないんだもんね。 (^_^;) 褥瘡予防に時々お尻をアップ、と言っても3センチぐらいしか持ちあがらない。アレレ? 腰椎麻酔が効いているので傷の痛みはないけれど、とにかく手術した方の足が重い!! 重いというのは、力が入れられないという事なんでしょうね。
 いや~太いのは自覚してましたが、それにしても自分の足がこんなに重かったとは! そして今まで当たり前にそれを動かしていたとは! 今更ながら、自分の筋肉に感謝です。「無くして初めて知る、当たり前に思っていたことの有り難さ」でございました。(*^_^*)

 手術の次の日にはもう車いすに乗ります。乗りますというより、乗せられます。厳しいです、甘えさせては頂けません、ハイ。(^_^;) 車いすに乗って行く先は、、、トイレです。手術直後はナースステーションやトイレに近い病室を割り当てられます。車いすの乗り降りにも時間がかかりますからね。トイレへ行くのがリハビリの第1歩でした。 (^◇^) 

 手術後二日目から、理学療法士さんがついてのリハビリが始まりました。平行棒につかまってのよちよち歩きを1往復。あとはひたすら筋肉のマッサージ。傷は痛くないけど、筋肉痛~、たかだかトイレに通ってるだけなのに~~!私は痛みに強い(鈍い?)タイプらしく、特に強い鎮痛剤は使いませんでしたが、大抵の方が夜眠るために座薬を使っていたので、これが一番の「闘病」生活かも。しかし、長年(人によっては数十年!)つらい思いをしてきたギリギリとする関節の痛みとは明らかに違います。そして本当に、「薄皮をはぐように」少しづス少しづつ、動きが良くなってゆくのです。多少痛くても、時間がたてば良くなると思うと不安はありませんでした。
 思い切って手術に踏み切れば、後は良くなる一方という思いが、同室の人たちに共通しているので、病室の雰囲気はとても明るいのでした。 それになんてったって「おーさかのおばちゃん」らやもんねー。(私も高校まで大阪育ちです。) あっというまに、冗談やら身の上話やらなんやらが始まってお友達。 \(^o^)/

 手術後1週間くらいで病室を移りました。次々と新しい方が手術をするわけですから、ナースステーションとトイレに近い部屋を譲るわけです。そして先輩(?)患者はトイレに行く距離が延び、これがリハビリになる。ハハハ、なかなかうまいシステムだねえと、一生懸命トイレに通いながら思いました。(^_^;) もう一つうまく出来てるなと思ったのは、端の方の部屋には自己血を取るための事前入院の人も入るという事です。ここで手術を受けた人とこれから受ける人との交流ができます。私も事前入院の時に話を聞いて安心しましたので、聞かれたことには喜んでお答えしました。担当医から丁寧に説明を受けていますが、やはり同じ経験をした者からの直接の経験談を聞けるというのは、手術だけでなく入院生活に対する不安を払拭するのにとても良いと思いました。
 
 ここは病室担当の看護師さんたちも、リハビリの理学療法士さん達も(↓)、皆さん明るくて話しやすく和みました。ありがとうございました。入院してみて、この病院はいいなあと思ったことの一つが、看護師さんが交代のたびに「今日の昼の担当になりました〇〇です」と、はっきりと言ってくださること。過去の病院経験では、聞き取りにくかったり、名札も見えづらく、なかなか看護師さんの名前を覚えられませんでした。 病院の中では患者は「患者」という立場でのみ扱われ、看護師さんたちは「看護師」という職業的役割だけでふるまいがちな様な気がします。名前を覚えるとなぜか、普通の会話や冗談が言えるようになります。看護師対患者というだけでなく、個人対個人という関係が生まれるのだと思いますが、これってかなり重要なことじゃないでしょうか?  富永病院整形外科、当たりやった~、と思いました。

↓富永病院の整形外科スタッフと入院友達です。退院数日前になってからあわてて写真を撮ったので、担当してくださった看護師さんの大半の写真がありません。m(_ _)m ふざけて変な顔をしているのは看護師のT君。私は男性看護師君の担当が二人あり、周りの入院友達のおばちゃんたちは文句言ってました。これはラッキー、というべきなのかしら? (^_^;)
富永病院整形外科のスタッフ&入院友達




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